公営競技における広告塔とはなにか? ~オートレーサー・鈴木圭一郎を出発点に~

 オートレースには詳しくない。船橋競馬場の至近にかつて船橋オートレース場があった。武蔵野線の車内から全景が見はるかせた。しかし船橋オートは今から1年半前に廃止になった。
 船橋オートからの移籍組のなかのひとりに、鈴木圭一郎という青年がいた。鈴木圭一郎は本拠地の廃止後、浜松オートの所属になった。

 船橋オートが廃止になるまで、オートレースの広告塔は森且行だった。オートレースどころか公営競技を知らない人の目からしても、明らかに広告塔が森くんであることは見透かされていた。

 しかし、2016年末におけるSMAP解散と連動しているかどうかは知らんけれども、森且行の次の広告塔が、オートレース界で生まれようとしている。その人物こそが鈴木圭一郎である。
 傍目から見ても、


・史上最年少SG制覇
・前代未聞のSG4連覇

 

 という要素は、競馬でいう武豊ディープインパクトの要素を兼ね備えていることがわかる。

 

 ボートレースと競輪について考えてみよう。

 

 ボートレース。個人的見解で言うと、ボートレースの看板選手などいた試しがない。植木通彦ですら、3競オートを通じて考えると存在感が薄い。松井繁はもっと存在感が薄いし、そもそも松井繁がいる大阪支部ヘゲモニーが80年代生まれの石野貴之に移ろうとしている。
 あとボートレースの特徴として女子選手の人気があるが、女子選手の誰かがSGで優勝しないかぎり広告塔にはなれない。
 さらに言えば、『モンキーターン』の影響で「濱野谷憲吾が一番強い」と誤認している層が多いように思う。競艇好きなら「アホな」と思うかもしれないが、それが現実だ。ぼくも濱野谷憲吾がいちばん人気があっていちばん実力があると誤解していた。しかし、初めて平和島に行って、笹川賞のファン投票結果を貼り出した壁を観た瞬間に、その幻想はぶち殺された。

 

 競輪。
 こちらは、中野浩一さんがいるだけまだマシだと思う。ただし当然のことながら、中野さんは引退選手である。中野さんを広告塔として担ぎ出しているような状況が、80年代から持続しているのではないか? たしかにオリンピックで活躍した選手が競輪界には何人もいるが……。
 深谷知広が、鈴木圭一郎のごとく特別競輪を8連勝とかしていれば、深谷が広告塔になれただろう。しかしそれが非現実的な妄想であることは、競輪に詳しくない俺でも確信できる。

 

 オートレースには、鈴木圭一郎という新たなる広告塔が生まれた。ここで競馬ファンとして即座にこういう思いが湧き出てくる。「武豊が引退したら競馬界の広告塔が居なくなってしまうのではないか?

 哀しいことだが、あと何年かしたら、武豊騎手は引退すると思う。柴田善臣横山典弘蛯名正義田中勝春も、騎手生活の晩年にさしかかっているのは否定できない。内田博幸もそうだ。内田博幸は2020年代前半までに引退すると思う。これが現実だ。
 騎手という一点から考えると、武豊のつぎに広告塔として担ぎ出せる人材はいるだろうか。俺の答えは「いない」だ。藤田菜七子を担ぎ出すようではJRAの衰退は免れない。三浦皇成は明らかに賞味期限切れ。ならばデムーロルメールのことを誰もが考える。だろうが、やはり外国人選手を広告塔にする競技というのは、ギャンブル要素がないほかのスポーツでも考えられない。『相撲はどうなんですか?』遠藤や高見盛がCFに盛んに出ている時点で察してくれ。しかも戦後いちばん人気があった力士はおそらく、貴乃花親方の父ちゃんであり、しかも貴乃花親方の父ちゃんは大関止まりだったのだ。
 
 結論から言えば、武豊に変わる騎手を広告塔にするのは非現実的である。
 しかしながら、競馬は「二枚看板」の競技である。近年、「馬7人3」の格言が通じなくなって「馬3人7」という流れになってしまっているが、「二枚看板」とはいうものの、走るのは馬である。「馬」と「人」という二枚看板の比率は8:2ぐらいがちょうどいい。
 

 現実を直視すると、JRAは、広報的に、約12年間以上ディープインパクトという馬に依存している。引退してからもそうだ。新橋のゲートジェイ(広報室)にはディープの馬像が立っている。俺はディープインパクトが引退した数ヶ月後に上京したのだが、初めて東京競馬場にひとりで行ったとき、たしかウオッカが圧勝してフサイチホウオーが惨敗した東京優駿の日だったと思う、府中本町に近い方のターフィーショップはディープインパクト関連商品で埋め尽くされていた。
 半ば暴論だが、2007年以降競馬で盛り上がったレースは、突き抜けて2008年の天皇賞・秋、その次がキズナ東京優駿、もうひとつ加えるならばスマートファルコントランセンドJBCクラシック、それぐらいだと言うのが関の山だ(異論は大いに認める)。
 

 そして2010年にディープ産駒がデビューしてからも、JRA種牡馬としてのディープインパクトにおんぶに抱っこ、というのは四分の一は嘘で、翌年オルフェーヴルという牡馬クラシック3冠馬が誕生し、しかもその父はステイゴールドだった。
 しかしながら、オルフェーヴルJRAの広告塔に現時点ではなり得ていない。オルフェーヴル産駒が凱旋門賞を勝たない限りは、この状況は打破できない。つまり、「ディープインパクト産駒が勝ったら嬉しい!」的なメンタル……競馬歴が長ければ長いほど、こういう風潮を嫌うものだ。ちなみに俺は競馬歴が浅いからそういうミーハー根性がかなり強い。
 具体的に言えば、ハープスターやファンディーナがG3を勝っただけで大騒ぎするタイプの自己満足である。まさに俺は、ハープスターの新潟2歳Sやファンディーナのフラワーカップで大騒ぎしていた側の人間だった。

 ぶっちゃけディープインパクトが史上最強馬であるかどうかは、かなり怪しい。オルフェーヴルを筆頭に、ダイワスカーレットキングカメハメハアグネスタキオングラスワンダーエルコンドルパサーサイレンススズカナリタブライアンその他史上最強馬候補はいくらでもいる。しかしながら、エルコンドルパサーJRAの広告塔になったことがあっただろうか。そして、「優駿」が2010年代に2回行った「不滅の名馬アンケート」では、2回ともディープインパクトがぶっちぎりの1位だった。2位は旧版がウオッカ、新版がオルフェーヴルだった。今の種牡馬成績のままでは、オルフェーヴルディープインパクトの牙城を崩せない。